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札幌高等裁判所 昭和30年(う)422号 判決

控訴人 被告人 末木三男

弁護人 岩沢誠 外一名

検察官の職務を行う弁護士 上田保

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人岩沢誠同水原清之共同名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右控訴趣意第一点(法令適用の誤)について。

論旨は、本件公務員特別暴行罪の公訴時効は刑事訴訟法第二百五十条第四号により完成しているから、同法第三百三十七条により免訴の言渡をなすべきものである。しかるに、原判決が有罪の言渡をなしたのは法令の適用を誤つたものであると主張する。

原判文によれば、原判決は公訴時効は刑事訴訟法第二百六十二条第一項による付審判請求のあつたときにその進行を停止し、従つてその認定にかかる公務員特別暴行罪の公訴時効は、同法第二百六十六条第二号の本件付審判決定のあつたときには未だ完成せずとの解釈の下に、「被告人は北海道庁警部補を命ぜらて同庁警察部特別高等課左翼係労働主任として勤務していたものであるが、昭和十九年四月七日頃朝鮮人孫邦桂(当時五十)を朝鮮独立運動に加担し治安維持法に違反したとの容疑に基き検挙し、江別警察署留置場内に留置取調をしていたところ、同署勤務の特高視察係巡査浅野浅吉と共謀して、同年七月十日頃同署特高室内において右孫邦桂の取調を実施中、その自白を強要するため、同日正午頃から午後五時頃までの間に、同人を長さ一尺二寸位、直径二寸位の薪上に坐らせた上、割竹(長さ一尺二、三寸のもの)を以つて同人の膝や腕などを乱打し、或は長さ二尺位のストーブ用デレツキを用いて同人の両腕上膊部を散々に強打し、或は同人の顔面左上額部を靴履きのままで蹴り又は踏みつけ、尚又細引を以つて同人を後手に縛した上、同室入口のドアー上の鴨居に打ち込んだ真ちゆう様の錠栓に右細引の一端を支えて、同人を井戸ずるべ式につるし上げ、且つその両足を縛して脚間の結び目にたる木様の細棒を差し込んだ上、右細棒の一端を踏みつけるなどの方法により同人の抵抗力を全く排除し、かくつるし上げした同人の脚部を細竹を以つて所きらわず乱打するなどの暴行を加え、これがため同人の顔面左上額部などに全治三日乃至十日間を要する傷害を与えたものである」との本件準起訴のいわゆる訴因を縮少して「被告人は北海道庁警部補を命ぜられ、同庁警部特別高等課に勤務し、その第一係主任として主に左翼関係の思想事件の捜査を担当していたものであるが、昭和十九年四月上旬頃から朝鮮独立運動に加担したとの治安維持法違反の容疑で、札幌郡江別町(現在・江別市)所在の江別警察署に留置されていた朝鮮人孫邦桂(当時四十七歳位)の取調べを実施中、同年七月十日頃同署勤務の特高視察係巡査浅野浅吉と共に同署特高室内において、右孫邦桂の取調べに当つた際、他の取調官に対し今までの自供をひるがえしたとして憤慨し更に自白を強要するため、右浅野と共謀の上、主として被告人において、右孫の身体を殴打したり足蹴にする等の暴行を加え、もつて警察の職務を行う者がその職務を行うに当り被疑者に対し暴行をなしたものである」との公務員特別暴行の事実を認定した上、刑法第百九十五条第一項を適用し、被告人を禁錮十月(二年間刑執行猶予)に処したものであつて、同致傷の事実についてはこれを認定しなかつたものである。

しかし、刑法第百九十五条第一項の所為は七年以下の懲役又は禁錮に該当する罪であるから、その公訴時効は右犯罪行為のあつた日から五年の期間を経過することによつて完成する(刑事訴訟法第二百五十条第四号)。

記録によると、前記孫邦桂より昭和二十四年一月二十八日なした刑事訴訟法第二百六十二条第一項による付審判請求に対し、原判示の経緯の末右犯罪行為のあつた昭和十九年七月十日から既に五年の期間を経過した同二十六年六月二十九日札幌地方裁判所において、同法第二百六十六条第二号により事件を管轄裁判所たる同裁判所の審判に付する旨の決定がなされ(記録1丁乃至5丁参照)、すなわち、同法第二百六十七条により準起訴のあつたことが明らかである。従つて右付審判請求決定の公訴事実が前記公務員特別暴行致傷の事実であるにしても、原判決が前記のように該致傷の事実を認定しなかつたものであるから、右決定当時には既に原判決認定の本件公務員特別暴行罪の公訴時効は完成したものというべきである。

刑事訴訟法第二百六十六条第二号の事件を審判に付する旨の決定があつたときは、その事件について公訴の提起があつたものとみなさるる(同法第二百六十七条)から、公訴時効の停止については同法第二百五十四条第一項の準用があり、従つて、公訴時効は準起訴たる右決定によつてその進行を停止し、同法第二百六十二条第一項の付審判請求によつてその進行を停止するものではないと解するのが相当である。けだし、同付審判請求が前示同法第二百五十四条第一項の規定を排除し公訴時効停止の事由に該当する旨の特別規定はなく、すなわち、その法的根拠はないからである。もつとも、右付審判請求のときよりこれに対する決定まで相当の長日数を経過する等のために、その間公訴時効の完成する如き場合を生ずることなしとしないが、審判が不当に遅延せる場合には、請求人において上級裁判所に対し司法行政の監督権の発動を促がして審判の速進を求め、以つて公訴時効の完成を防止し得べき救済方法もある(裁判所法第八十条、第八十二条)こと故、前記解釈を妨げない。

されば、本件の場合においては、原判決認定の公務員特別暴行罪の公訴時効は、孫邦桂のなした前記付審判請求のあつたときにその進行を停止せず、従つて前段説示のように、右請求に対する本件付審判決定当時には既に完成したことが明らかであるから、刑事訴訟法第三百三十七条第四号により被告人に対し免訴の言渡をなすべきものである。しかるに、原判決が公訴時効の停止につき冒頭記載の如く解釈し、前示刑法第百九十五条第一項を適用し、有罪の言渡をなしたのは、法令の適用を誤つたものというべく、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書第三百三十七条第四号を適用して被告人に対し免訴の言渡をなすべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水島亀松 裁判官 雨村是夫)

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